『 多忙につき ― (1) ― 』
カチャ かちゃ ・・・ がたがた
キッチンから 賑やかな音が響いている。
まだ 明るくなり切っていない時間なので ドアの空き間から
灯が筋になって漏れる。
「 え ・・・ もう 起きてる?? 」
ジョーは 少し躊躇っていたが、ドア越しに声をかけた。
「 ?? ・・・ フラン? 」
カタン カタ カタ −−−−
音が止む気配はなく さらにぱたぱた・・・スリッパの音も増えてきた。
もちろん 返事はない。
え ・・・
こんな時間に どうしたんだ?
「 フラン ・・・ ? 」
カチャリ、 彼はドアを半分あけて顔を突っ込んだ。
「 どうか したのかい 」
「 ・・・ え〜〜と これは少し冷ましてから ・・・
え?? あ ジョー おはよう〜〜
早いのねえ どうしたの? 」
フランソワーズが笑顔で振り向いた。
きっちり青いエプロンをつけ髪をひっつめている。
「 トイレ。 きみこそ、どうかしたの 」
「 え??? どうもしてないわよ なあぜ 」
「 え だってこんな時間 ・・・ まだ五時前だよ 」
「 あ〜 お弁当作りのついでにね 作り置きのオカズ、冷凍してたの 」
「 ・・・ ちゃんと寝た? 」
「 ん〜〜 まあ ちょっとは ね。
あ あのね ジョー。 冷凍庫にハンバーグと肉ジャガと
え〜〜と こっちは野菜の煮物、 あとね サラダをこれから・・・ 」
「 フラン〜〜〜 そんなに作ってくれてたの? 」
「 ・・・ 週末、留守にするんだもの。 このくらい ・・・ 」
「 きみは仕事で出掛けるんだろう? ウチのことはそのまんま
ぼくにパスしてくれよ 」
「 え ・・・ ありがと ・・・ でも ご飯の準備くらいは 」
「 あ〜〜 信用ないんだなあ ご飯の準備、引き受けるから。
きみはしっかり仕事して来いよ。 地方公演に選ばれたんだろ 」
「 ・・・ そうなんだけど ・・・ 」
「 ウチのことはもう考えない。 ダンサーとしていい舞台を! 」
「 ・・・ ジョー 」
とん。 相変わらず細いしなやかな身体が抱き付いてきた。
「 大好き♪ 」
「 わは♪ ふふふ・・・ 頑張れ!
ぼくもチビ達と週末、< 頑張る > からさ 」
「 ありがと ・・・ ああ ジョーが旦那さんで ジョーがあのコたちの
おと〜さんで 本当に幸せよ 」
「 えへへ ぼくもさ、ぼくの大事な奥さん(^^♪ 」
「 うふ ・・・ 」
新婚サンみたいに 二人は熱いキスを交わす。
「 さ・・・ あとはやっておくからさ。
チビ達が起き出す時間まで少しあるから ― きみ 眠れよ。
出発は 昼頃だろ 」
「 ええ あのコ達を幼稚園に送って その足で出るつもりなの 」
「 ぼくが送ってゆくよ。 任せて。 荷物 もう詰めた? 」
「 ・・・だいたい 」
「 なら 今から確認して ― 寝る。 いいかい ? 」
「 ん ・・・ ありがと ジョー 」
フランソワーズは もう一回夫にキスをすると 二階の部屋に上がっていった。
「 ・・・ ふ・・・ さあ 片すかな・・・
あ これがチビ達のお弁当かあ 美味そうだなあ
あ〜〜 いろいろ冷凍してくれてる ・・・ 大変だったろうに 」
ジョーは 冷蔵庫の中を確認すると シンクの前に立った。
「 よう〜〜し。 まずは洗いモノして 次に洗濯だな
うっふっふ〜〜〜 この週末はど〜〜〜〜っぷり家事に浸かる!
専業お父さん するんだ〜〜♪ 」
ふんふんふ〜〜〜ん ・・・・ ハナウタまじりに
ジョーは洗いモノに着手した
カチャカチャ カチャ −−− 食器も陽気な音をたてる。
邸のキッチンは お日様よりも早く活動を始めていた。
― え〜〜と ですね。 まあ紆余曲折ありまして。
この二人はめでたく結婚し そして <寝てれば天使> の双子を授かり。
ジョーは出版社の雑誌編集部勤務 フランソワーズは都心のバレエ団で踊る。
チビ達は 可愛い・イタズラ・元気盛り、幼稚園に通っている。
博士も子育てに協力、毎朝の送りを担当してくれている。
つまり 岬の家では皆が協力しあい それぞれ活躍しているのだ。
ある朝 ― 都心ちかくのバレエ・スタジオで のこと。
「 あ〜 フランソワーズ。 あなた 地方公演 オッケ〜? 」
「 ・・・ はい ? 」
突然 背後から聞かれて、びっくりしてしまった。
掲示板の前で 時間割やらお知らせ を読んでいたところだ。
「 え ・・・と マダム ・・ なんでしょうか 」
「 あら 脅かしてしまった? パルドン〜〜
あのねえ あなたのチビちゃん達 もう小学生? 」
「 あ いえ ・・・ まだ幼稚園です 」
「 あらあ そうだっけ?
ねえ あなた、家を空けられる? 週末なんだけど 」
「 ・・・あ 移動公演 ですね 」
「 そうなのよ〜〜 ユリ江ちゃんがね〜〜 ×になっちゃって・・・
貴女 ずっと移動公演は無理・・・って聞いてたんだけど。
お家 明けられるかしら 」
「 ・・・ あの あの わたし ・・・ 踊れるかどうか 」
「 な〜に言ってるの。 もし可能なら お家の方が・・・ お願いしたいのね。
プログラムはねえ 『 ジゼル 』の二幕と あと『 妖精 』。
この春の定期公演で貴女が踊ったパート。 」
「 ・・・ う〜〜〜〜 あ あの・・・・
すぐにお返事が必要ですか? 」
「 なるべく早いほうがいいんだけど。
あ でもね お家の都合もあるから あのステキな旦那様と
相談してきて〜〜〜 私からもお願いします って伝えてね 」
「 は はい・・・ 」
・・・ うわ〜〜〜〜!
踊りたい〜〜〜〜〜〜
あの踊り 大好きなの!!!
この前より もっとよく踊りたい!!
フランソワーズは タオルをかたくかたく握りしめ
叫びだしそうな自分を 抑えていた。
― その日 夜も更けたころ
「 あ〜〜〜 いいお湯だったあ〜〜 」
ジョーは がしがし・・・髪を拭きつつ戻ってきた。
「 さっぱりしたらさ すっげ 腹ペコなことに気が付いたよ 」
「 やあだ 今まで忘れていたの? 」
「 いやあ ・・・ 今日は超多忙でさ・・
昼メシ、食べてるヒマなくて。 空腹ってさ ある程度を過ぎると
感じなくなっちまうんだよなあ 」
「 あ そうよね。 ダイエットしてるとね〜〜
だんだん 食べたい って気分 感じなくなるの 」
「 うへ・・・ それって危なくない?
だいたい きみにダイエットは必要ないだろう? 」
「 いいえぇ〜〜〜 とんでもない。
今はね あんまり落とすとチビ達のパワーに負けちゃうから・・・
ちょっとベスト体重を超えているの。 」
「 ・・・ それ以上 細くなってほしくないなあ ・・・ 」
「 も〜〜 なに言ってるのよぉ わたしの仕事上の大問題だわ 」
「 だけどぉ〜〜 ぼくの個人的事情から言うと・・・
もうちょこっと こう〜〜〜 ふっくら♪ 」
「 さあさあ ご飯よ お腹 ぺこぺこなんでしょう?
今晩は ジョーの好きな マーボーナス です♪ 」
「 うわお〜〜〜 最高〜〜 」
「 さあ どうぞ。 」
「 いっただっきまあす〜〜 」
食卓につくと ジョーはもう嬉々として箸をとった。
まあ ・・・・ 本当に嬉しそうねえ・・・
うふふ この笑顔 すばるそっくり
本当に好きなのね・・・
作り甲斐があるけれど ね
「 んま〜〜〜〜 ・・・ ああ ナスって最高傑作だよなあ 」
「 ウチのナスよ これ。 チビ達が収穫手伝ったの 」
「 お〜〜 そっかあ・・・ これは味わって食べないと・・・
うん 美味い! 辛さも丁度いいよ〜〜
あ ? チビ達 食べられるわけ?? 」
「 あ 子供達はね ナスとひき肉のトマト煮。
あのコ達の大好物なのよ 」
「 ふうん ・・・ それも食べたいなあ 〜〜
次は ぼくも同じメニュウにしてほしいな 」
「 了解。 ジョーはタバスコ、振ればオトナの味になるわ。
あ この浅漬け、 どう? えっへん、ウチで作りました♪ 」
「 ふふふ これはこれで大変結構でございますよ 奥さん。
あ〜〜〜 シアワセ〜〜〜 」
パリパリパリ −−−
歯切れの良い音で 彼は浅漬けを平らげる。
「 よかったわ ・・・ あのね ジョー。
ちょっと相談があるの。 あ お茶 淹れるわね 」
「 ん〜〜 冷たい麦茶がいいな〜 」
「 そう? ・・・すばるみたいねえ 」
「 え なに? 」
「 ううん ・・・ はい 麦茶 」
「 サンキュ。 で なに。 」
「 ええ あのねえ ― 」
カチン。 妻の話を聞き終えると ジョーは静かにコップを置いた。
「 よかったなあ! 頑張ってきたもんなあ〜〜 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 是非参加して 思いっ切り踊っておいでよ。
あ〜〜〜 見られないのが残念〜〜 」
「 ・・・ あの 行っても いいの 」
「 当ったり前〜 っていうか きみの仕事だろ きみが決めるんだ。」
「 ええ でもね ・・・ 週末 ウチを空けるわけだし
チビ達の世話やご飯の用意とか ・・・ 」
「 おいおいおい〜〜〜 ぼくが居るんだぜ?? 」
「 そう なんだけど・・・ ほら 博士も 海外出張中だし
ジョーに全部やってもらうのって・・・ なんか ・・・ 」
「 ね フラン。 ここは きみとぼくの家。
そして チビ達はきみとぼくのコドモ達。
ず〜〜〜っと一緒に < 闘って > きたじゃん?
あの!チビ達相手にさ 〜〜 ぼくら 戦友だぜ? 」
「 ・・・ 」
「 ウチのことは ぼくに任せて。
きみは 最高の舞台めざして 頑張って来い。 」
「 ・・・ ジョー ジョー〜〜〜〜 」
彼女の大きな碧い瞳から ぽろぽろ玻璃の雫がこぼれ落ちる。
「 ・・・ メルシ ・・・ 」
「 あ やだなあ 泣くヤツがあるかよ 〜〜
専業主夫、 がんばりマス! 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 ほら もう泣かない〜〜 」
大きな手が 彼女の濡れた頬を温めるのだった。
「 ― ちほうこうえん ・・・ ? 」
すぴかの大きな目が まん丸になった。
「 そうよ。 すぴかはお母さんの舞台、見たことがあるでしょう? 」
「 うん! おか〜さん きれ〜〜〜 」
「 ありがと♪ あれをね 遠い街のヒト達にも
見てもらいにゆくの。 」
「 ・・ ふうん ・・・ 」
「 だからね お泊りになるの。
すぴか。 お留守番 してくれるかしら 」
「 ・・・ おるすばん ? ・・・ すぴかだけ?
おじ〜ちゃま おるすだよ・・・? 」
「 ううん ううん。
お父さんはちゃ〜〜んとウチに居てくれるわ。 ずっとね。
すばるもいるでしょう 」
「 なら いい。 おと〜さんとすぴか おるすばん できる〜〜〜 」
「 まあ 偉いわねえ すぴかさん〜〜 すばるクンはどうかな? 」
「 ・・・ おるすばん ・・・?
おか〜さん いないの? 」
「 そうよ。 お仕事に行ってきます。 」
「 ・・・ いつ? 」
「 次の次の金曜と土曜日。 日曜には帰ってくるわ。 」
「 お父さんは 」
「 ちゃ〜〜んとお家にいますよ。 すぴかも一緒よ 」
「 ・・・ おか〜さん おるす なの 」
「 そうです。 すばるクン お留守番 できるかな 」
「 ・・・ 僕ぅ・・・ 」
「 あたし。 できるよ! おと〜さんのお手伝い、するもん 」
すぴかが 口を挟んでくれた。
「 すばる〜〜 いっしょに おてつだい しよ? 」
「 すぴか ・・・ 」
「 おと〜さんといっしょだよ〜〜〜 」
「 ・・・ おか〜さん は 」
「 おか〜さん おしごと。 すぴかとすばるとおと〜さんで
おるすばん だよ 」
すぴかは 言葉が早かったし、最近ははきはき なんでもお話をする。
彼女は わかっているのか 口の重い弟の代わりにしゃべっているふうにも
思えるほどだ。
へえ・・・
さすが 双子ねえ
以心伝心 っていうの?
我が子ながら 神秘の世界 なんだわねえ
ちょっと羨ましいかも
母は感心しつつ極力 < 二人の世界 > への介入は控えている。
「 おか〜さん! アタシ! おと〜さんと〜〜 すばると〜〜
おるすばん! ね すばる〜〜 」
「 ・・ う うん ・・・ 」
「 すぴか すばる ・・・ ありがとう 」
フランソワーズは チビ達をしっかり抱き寄せキス キス キス♪
「 うひゃあ〜〜〜〜 えへへへ・・・ 」
「 おか〜〜さ〜〜ん うふふ 」
「 ね? おるすばんの間、なにをやったか ・・・
お母さんが帰ってきたら お話、してくれるかしら 」
「「 する!!! 」」
「 わあ 楽しみだわあ〜〜
あ そうだわ。 すぴかとすばるに お願いがあります 」
「「 ?? 」」
「 出来るだけ お父さんの側にいてあげてね?
お父さんが さみしいよう〜〜 って泣かないように 」
「「 うん!!!! 」」
「 それでね ・・・ このお願いは三人の ひみつ。
お父さんには言わないでね ひみつ よ〜〜〜 」
「「 うん!!! 」」
すぴかとすばるとお母さんはヒミツで 指切りげんまん♪ をした。
― さて 金曜日、つまり彼女が出掛ける朝のこと。
「 すばる〜〜〜〜 はやくぅ〜〜〜 」
「 お〜い すばる。 園バスの時間に間に合わないぞ〜〜 」
玄関では ジョーとすぴかがさっきから待っている。
「 ほら すばるクン。 もういいでしょう? 」
「 ん 〜〜〜 ぎうにう まだのこってる
」
すばるは 両手でマグ・カップを抱えゆっくり ゆっくり飲むのだ。
「 残していいわ ちゃんととっておくから 」
「 ・・・ う〜ん 」
「 はい お口 くちゅくちゅしてきなさい。 」
「 ん〜〜 」
「 ほらほら 急いで〜〜 すばるクン 」
「 ん ・・・ 」
「 もう 〜〜 」
母はついにムスコを抱え上げ バス・ルームに運んだ。
「 すばるぅ〜〜〜〜〜〜〜 」
玄関からは すぴかの声ががんがん流れてくる。
「 はい お待たせ〜〜 さあ 行きましょ。 」
「「 おと〜さん いってきまあ〜〜す 」 」
「 ああ いっておいで。 」
ジョーは門の外で手を振り フランソワーズはチビ達を園バスの
集合場所まで連れてゆく。
いつもの 島村さんち の朝の光景だ。
「 いってらっしゃ〜〜〜い 」
遠ざかる園バスに手を振って。 振り向けば ― ジョーのクルマが
近づいてくる。
「 お待たせ〜〜 」
「 あら ジャスト・タイムよ? さすが〜 009♪ 」
彼女は さっと助手席に乗り込んだ。
「 ふふふ あ ちゃんと洗いモノ してきたからね。
えっときみの荷物はこれでいいのかな 」
「 え〜〜と ・・・? 」
フランソワーズは 後部座席の荷物を確認する。
「 完璧デス。 ありがとう〜〜〜 助かりました。 」
「 ふふふ これから飛ばすからさ 少しでも寝てろ 」
「 ウン ・・・ アイシテルわ 」
ちゅ ・・・
ドライバー氏にキスを落とすと 彼女はくうくう〜眠ってしまった。
「 ・・・ありがとう、はぼくが言う方さ。
明け方までご飯作り してくれて ・・・ ちび達の弁当も・・・
愛してるよ フラン ・・・
さあ マル秘・脇道るーと で 青山へ!! 」
ぐん。 ジョーは愛車のアクセルを踏み込んだ。
ふふん ・・・
そりゃね きみを抱えて かそくそ〜〜ち! すれば
一瞬だけど さ。
・・・ 燃えちゃマズイものばっかだもんな
地道に 手と足を使って ― 行くぞ!
― カタン。 玄関のドアは静かに開いた。
「 ・・・ ただいま ・・っと。 」
珍しく、家の中からはなにも聞こえてこない。
ジョーは 思わず習慣的に耳を澄ませてしまう。
カチ コチ カチ コチ ・・・
リビングの壁に居る鳩時計の音が やけにはっきりと聞こえてきた。
いつもは 音なんかしていないのに ― いや 聞こえていないだけ。
「 あは ・・・ 当たり前だよなあ 皆 留守だもの。
・・・ なんかな〜 賑やかなのに慣れちゃってるから ・・・ 」
静かにスニーカーを脱いだ。
す す す ・・・ 自然に足音もなく歩いてしまう。
「 ヘンだぜ おい。 ウチじゃないみたいだ ・・・
・・・ ああ やっぱ 賑やかなのがいいなあ ・・・ 」
ジョーは 一般男性が好む( であろう ) 自分だけの静かな世界 が苦手だ。
誰もいない部屋で 好みの音楽を聞き仕事する・・・とか ダメなのだ。
休日、持ち帰りの仕事をするのは皆がいるリビング。
甲高いチビ達の声が響き キッチンのドアがばたばた開いたり閉まったり。
PCを開く彼の膝には 色違いのちっこいアタマが絶えまなく出没し。
僕のクマさん〜〜〜〜 いいじゃん かして。
やだ。 僕のぉ〜〜〜 け〜〜ち〜〜 すばるのけちんぼ
ほらほら ケンカするなよ 〜〜
ケンカじゃないもん! すばる〜〜 かして。
やだ。 ・・・ でも ねこさん かしたげる。
なんて諍いの仲裁もしばしば・・・ そんな中で 粛々と仕事をする。
それが一番捗るし 目標はクリアできるのだ。
ひとり は もういいさ。
・・・ 十分だ。
彼は人生の前半でイヤというほど < ひとり > を味わった。
今 やっと手に入れた < ひとりじゃない > 時間を
目いっぱい 楽しみたい。
― だから久々の この静けさは 意外なほどショックだった。
「 ・・・ぶつぶつ言ってても仕方ないだろ?
さあ〜〜〜 やるぞ! チビ達が帰ってくるまでに片づける家事は
山盛りなんだあ〜〜 」
気を取りなおすと手洗い・ウガイをし。 きりり、とエプロンを着けた。
キッチンの片づけがてら トマトを齧りパンの耳を頬張りコーヒーの
残りを飲む。 案外空腹だったらしく とて〜〜も美味しい。
「 ん〜〜〜 おし! リビング掃除して庭木の水やり〜〜っと ・・・
そのうち洗濯モノ、乾くし ・・・ 風呂掃除!
あ ! < お迎え > の時間、忘れるなあ〜〜
アラーム 掛けておこっと。 さて やるぞ!! 」
ジョーは くるくる働き始めた。
「 おと〜さ〜〜〜ん !!! 」
とん。 一番先に すぴかが彼の腕の中に飛び込んできた。
園バスが到着し付き添いのせんせいと おともだちと
さよ〜なら をして。
すぴかは瞬時で駆けだした ― ジョーに向かって。
うわ・・・
すげ〜 スタート・ダッシュだなあ
すぴか〜〜 お前 弾丸ランナーだあ
「 わあ〜〜〜〜〜〜 ぃ ! 」
「 お〜っとぉ ( ぱふん ) お帰り〜 すぴか 」
「 きゃい〜〜 おと〜さあ〜〜〜ん 」
すぴかの笑顔が ジョーの腕の中で弾ける。
う〜〜〜 かっわいい〜〜〜〜〜〜
ああ ああ もう・・・
この笑顔 ダメなんだあ〜〜〜
うわ〜〜 もう食べちゃいたいくらいだあ〜
ジョーも 妻にも見せたことのない・最高の笑みが零れる。
「 あはは 楽しかったかい? 」
「 うん!!! あのね きょうね 」
「 うんうん ・・・ あ ちょっと待っててくれるかな 」
「 それでね〜〜 え? あ すばるぅ 」
とっとこ とっとこ とっとこ。 とった とった とった・・・
すばるが一生懸命に 早足をしてきた。
「 やあ すばる〜〜 お帰り〜〜〜 」
ジョーはすぴかを背中に上らせると 両手を開いた。
「 お帰り すばる! 」
「 ・・・おと〜さ〜〜ん ただいまあ 〜〜〜 」
ことん。 きゅううう〜〜〜〜
ちょびっとぷっくりした身体がジョーの腕に抱き付いてきた。
「 すばる〜〜 お帰り! 楽しかったかい 」
「 ん あのね あのね おべんとうね おのこし しなかった 」
「 わ〜〜 偉いなあ すばる 」
「 アタシも! ぜ〜〜〜んぶ食べたもん。 」
「 そっか そっか〜 それじゃ 三人で帰ろ。
さあ お父さんの両側においで 」
「「 うん !! 」」
げんこつやまの た〜ぬきさん〜〜〜〜〜
父と双子は手を繋いで おしゃべりしたり歌をうたいつつ
ほとんど通行量のない・田舎道を のんびり歩いていった。
「「「 た〜〜だいまあ〜〜〜〜〜
」」」
玄関では三人で声を揃え ご挨拶。
「 さ ・・・ カバン 開けて。 弁当箱とか出して
園からのお手紙はあるかな 」
「「 はあい 」」
ごそごそごそ カチャかちゃかちゃ
チビ達は玄関にぺったり座り込み カバンの中身と格闘している。
「 おと〜さん ・・・ これ。 」
「 ・・・う〜ん と。 おべんとうばこ と おてがみ 」
「 よしよし ・・・ 着替え、リビングに持ってきてるからね。
すぴかはTシャツと短パンだろ すばるは パーカーにジャージー。 」
「 あ〜〜〜 にゃんこのがいいなあ♪ 」
「 えへ・・・ あかいの、すき〜〜 」
もぞもぞ もごもごしつつも 二人とも案外さっさか着替えができる。
へえ ・・・
フラン よく躾けたなあ〜〜
あは すばるってば丁寧にソックス履いてるし
相変わらず すぴかはなんでも素早く出来るんだなあ
母親からよ〜〜く言われているので チビ達に手を貸すことはしない。
「 ん〜〜〜 ん〜〜〜〜〜 ・・・ できた! 」
「 ・・・ しゃつ・・・ ( もごもごもご ) 」
「 ここだよぉ〜 えいっ 」
「 う ・・・わ あ でたァ〜〜 」
姉は シャツの中から弟のアタマを救出。
「 あは〜〜 でた でたあ 」
「 すばるってば〜〜 」
「 二人とも 着替え、できたかな 」
ここで ジョーは初めて声をかける。
「「 うん!! 」」
「 どれどれ〜〜〜 あ〜〜 ちゃんとできてるね〜〜
すぴか ソックスが片っぽ、裏返しだよ?
すばる〜〜 ジャージーが後ろ前だろう? 」
あ。 もぞもぞもぞ・・・・
またひとしきり チビ達は衣類と格闘する。
オトナが着せてやれば すぐに終わるけれど、やらない。
ふふふ ・・・・
二人とも がんばれ がんばれ
あ この顔、いいなあ〜
すぴかってば 真剣になると怒り顔になるのなあ
すばる〜〜 こんどは一人でアタマ だせ〜
「 〜〜〜〜 できたっ! おと〜さん できた! 」
でで〜ん すぴかは右足をずい・・っと出す。
「 ん 〜〜〜 ん〜〜〜〜〜 でたァ〜〜〜 」
ひょこん すばるはシャツの中から浮上した。
「 お〜 二人とも一人でできたね〜〜
さあ 手を洗ってウガイしておいで。
・・・・ ひとりでできるかな〜〜〜 」
「「 できるっ!! 」」
「 よし、じゃあ お父さんはキッチンでオヤツの準備 してるからね。
あ それから。 手を洗う時に じゃ〜〜〜〜〜!!! はナシだぞ 」
「「 ゆっくり〜〜 でしょ 」」
「 そうだよ、 あ でもな 濡れちゃったら
すぐにお父さんに言うんだぞ? いいね 」
「「 はあい 」」
たたたたたた とたとたとた ・・・
小刻みな駆け足の音が バス・ルームに飛んでいった。
「 さあて と。 おや〜〜つタイム〜〜〜
冷たい麦茶と フランお手製のオーツ・ビスケットと・・・
あ 牛乳ゼリー、作っておいてくれたんだ〜〜〜
ふふふ これはぼくも付き合おうっと 」
カチャ カチャ コトン。
ジョーが準備に追われているうちに ―
とん。 とん。 二つの衝撃がジョーのオシリに当たった。
「 あは〜〜 ちゃんと手、洗えたかな〜〜〜 」
「「 うん !! 」」
「 よしよし ああ ちゃんと拭いてきたな
じゃ オヤツです。 椅子に座って〜〜
」
「 うん! あ〜〜〜〜 おか〜さんのびすけっと♪ 」
「 ・・・ あ ぎうにうぜり〜〜 ♪ 」
チビ達は大喜びで自分の椅子によじ登る。
「 はい じゃあ 皆でいただきます、しよう。
お父さんもね オヤツ 食べるからさ。 」
「 わい〜〜〜〜〜〜 おと〜さんとぉ〜〜〜 」
「 いっしょ〜〜〜〜 いっしょ おと〜さ〜〜ん 」
せ〜の で イタダキマス をして、三人は楽しい楽しいオヤツタイム
に突入した。
― さて 時間は少し先になりまして。
旅先での公演 第一夜はなんとか無事に終演した。
舞台の上での笑顔とは打って変わって 疲れた顔が楽屋から出てきた。
「 おつかれ〜〜 皆 ちゃんと寝てね! 」
総監督のユミコ先生は 楽屋口で声を張り上げる。
「 明日は! 10時出発よ!! 寝坊厳禁〜〜〜
特に男子〜〜〜 ちゃんと寝る! 脱走しない! 」
へ〜〜い ・・・・ 了解〜〜
ぼそぼそした返事が散漫に聞こえる。
「 置いてゆくからね 遅刻したら。
じゃ 明日もよい舞台を。 はい解散〜 」
ず〜〜 ずっずっ・・・ ぼそぼそぼそぼ
ダンサー達は疲れた脚と大きなバッグを引っ張りつつ
宿舎のビジネス・ホテルに向かう。
狭いけど一応 皆個室なのだ ― < 合宿 > は無理な連中だから。
全員 なんとか部屋に入った。
とんとん とん。 ものすごく控え目なノックが聞こえる。
女子の泊まる階の廊下で 金髪さんがドアの前に佇んでいた。
「 ・・・ みちよ ・・・ あの いいかしら? 」
「 あ イイよ〜〜 アタシ 今 そっちに行こうかな〜〜って
思ってたとこ 入って 」
「 ありがと! 」
ドアを開けたのは 大きな瞳の丸顔女子。 金髪さんはするり、と入り込む。
「 ごめん 疲れてるのに ・・・ 」
「 そ〜れはお互いさまだよ フランソワ―ズ
ああ 来てくれて嬉しいや 」
「 そう? わたしもウレシイ〜〜 ウチは年中大騒ぎだから
静かなのって苦手なのよ なんか 滅入っちゃうの 」
「 あははは わかる〜〜〜 」
「 ちょっとだけ おしゃべり、したくて 」
「 うんうん あは チビちゃん達、パパさんがみてるの? 」
「 そ。 めちゃくちゃ子守りとか好きなのよ、ジョーって 」
「 へえ〜〜〜〜〜 レアな存在だねえ
保育士さんとかに向いてるんでないの 」
「 わたしもそう思う・・・ 変わってるのよね〜〜
ま 便利だけどね 」
「 お〜 そんなコトいうとバチが当たるよぉ?
ウチの姉貴なんかさ ワンオペ育児で目の下、クマだもん 」
「 そうねえ ・・・ ねえ 旅公演ってこういうカンジなの? 」
「 うん だいたいね。 あ パリではなかったの 」
「 ウ〜〜ン 海外公演とかはあるけど ・・・
地方には地方のバレエ・カンパニーがあるし 」
「 ああ そうかあ ・・・ 明日もなんとかなるといいなあ 」
「 うん・・・ あ 足、どう? 」
「 なんとか・・・ フランソワーズのお父さんから頂いた湿布、
あれって万能だね! 感謝してます 」
「 喜ぶわよ〜〜 わたしも貼ってます 」
金髪サンは 左脚を上げてみせた。
「 あ ごめんね、もう戻るわ。 おしゃべりできて嬉しかった♪ 」
「 アタシも・・・ 明日も! よろしく〜〜 」
「 また ね♪ 」
ひらひら手を振り合って ― 金髪サンは部屋を出て行った。
すぴか〜 すばる〜〜
いいこでネンネしてますか
ジョー ・・・ アイシテル♪
海辺の我が家に 遠い投げキスをして フランソワーズは
狭いけれど清潔なベッドに 潜り込んだ。
さあ 明日も。 皆 がんばる ・・・・ かな???
Last updated : 07.19.2022.
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********* 途中ですが
【島村さんち】 皆さん お忙しい らしいですよ・・・・
昔はね バレエ協会の地方公演 っていうの、あったんですよ・・・